って思うこと自体が自虐的で、世間のB型非難の風潮を肯定してるのでは?
先日本屋で見つけたこの記事のタイトルと同名の本。目立つところに置かれてて何となく気になったので立ち読みしました。いわゆるB型的性格の語り手が仕事・恋愛・友情などの事柄について延々と「オレは○○だと思う。何か問題でも?」みたいな口調で自分自身の行動パターンを解説している本です。
読んでると、こういうこと書くからB型が悪者にされるんやろと少し腹が立ってきた。そこに描かれているB型像は協調性がなく、いい加減で、何でも人のせいにして、何かに熱中するあまり大事なことすら忘れてしまう自分を誇らしく思っている、という感じです。もしこの世のB型の人間がみんなそんなんやったらどうなるねん。ありえない。
人は(日本人はと言うべきか)なぜ血液型占いを信じるのでしょうか。人の性格ってあらゆる要素が含まれてて、それぞれが時と場合に応じて表に出るだけのことじゃないんかな。だからよっぽど嬉しいことがあれば物静かな人でも喜びの雄叫びを上げるやろうし、いつも明るい人でも悩んでるときは暗くなったりする。他人や自分を定義づけることで得られる安心感が欲しいから、手っ取り早い血液型占いがこれだけもてはやされるのかなぁと思いました。確かに分かりやすい言葉で人を定義づけられるとしたら楽ではある。実際はそんなことできないけど。
「血液型推測web版」という自分の性格に関する18個の質問に答えるだけで何型か推測してくれるサイトを見つけたので、いかにこういった定義づけが当てにならないか確かめてみました。すると私の場合、
A型…118%
O型…95%
AB型…83%
B型…75%
という結果に。A型100%超ってどういう意味やねん!うちの家族にA型の血は流れてないのに。しかも実際の血液型であるB型が最下位やん。血液型調べるには血を採るしかねーんだよ!と言いたい(笑)。
以前はここまで批判的じゃなかったけど、B型のひどい言われ様に我慢できなくなってきました。何でそこまで言われなあかんの?血液型にではなくB型的人間と言われる人の性格そのものに問題があるんでしょうが。
こういうのは一種の文化やと思えばいいんやろうけど、『B型で悪いか』の本に自分がかつて友達に言ったセリフと全く同じ文章が出てきて動揺したから、まだそこまで割り切れず…。
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